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東京高等裁判所 昭和49年(行コ)38号 判決

控訴人 長野税務署長

訴訟代理人 増山宏 佐々木宏中 ほか三名

被控訴人 小林延雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の陳述、証拠の提出、援用、認否は、次に記載したほかは、原判決事実摘示(但し、原判決五枚目表七行目「二 被告の本案前の申立ての理由」とある部分から六枚目表八行目「関東信越国税不服審判所長に対し審査請求をした。」とある部分までを除く)のとおりであるから、ここにこれを引用する。

(控訴人の陳述)

原判決は、「異議決定にどの程度の理由を付記すべきかは、不服申立制度の趣旨から、異議申立の理由に応じて或いは詳細に、或いは簡単になせば足りる。」旨の控訴人の主張を排斥するにあたり、「異議申立の基となる更正決定処分の通知のそれと相まつて理由が明らかとなるなどの場合には、まさしく被告(控訴人)主張のように認められるが、更正処分の理由が明らかでない本件においては、被告(控訴人)の前記主張は、認められない。」旨判示した。

しかしながら、右判示の論法によれば、白色申告に対する更正に対しても、その理由を付記しなければならないということに帰着し、このことは、右の場合には、理由付記を要しないとした所得税法一五五条二項に違反することとなる。

以下、所得税法一五五条二項の趣旨について詳述する。

昭和二二年に、所得税は、戦前の賦課徴収制度から申告納税制度に切り換えられたが、当時の所得税法(昭和二二年法律第二七号)四六条五項では、更正・決定の通知について「政府は、前四項の規定により更正又は決定をなしたときは、これを納税者に通知する。」とのみ規定し、単に所得金額及び税額を通知すれば足りるとしていた。

その後、昭和二五年法律第七一号改正において所得税法に青色申告制度が採り入れられ、同法四六条の二第二項(現行法では一五五条二項に相当する。)に、「政府は、青色申告書について更正をなした場合においては、前条七項の規定による通知には、同項の規定により附記する事項に代えて、更正の理由を附記しなければならない。」と追加規定された。

この改正は、日本における恒久的な租税制度を立案することを目的として来日したシヤウプ使節団の勧告(日本税制報告書)に応じてなされたものである。

シヤウプ使節団は日本税制報告書において青色申告制度につき「申告納税制度の下における適正な納税者の協力は、かれが自分の所得を算定するため正確な帳簿と記録をつける場合にのみ可能であるということは自明の理である。今日、日本における記帳は概嘆すべき状態にある。多くの営利会社では帳簿記録を全然もたない。他の会社は有り余る程沢山もつていて、その納税者のみがどれが本当のものでどれが仮面に過ぎないものかを知つている。その結果は悪循環となる。税務官吏は正確な信用すべき帳簿がないから標準率およびその他の平均額を基礎とする官庁式課税による他はないと主張する。納税者は、また、税務官吏が帳簿を信用しないから、たとえかれらがそれをやる能力があつても、正確な帳簿をつけることは意味がないという。この循環は切断しなければならない。納税者が帳簿をもち、正確に記帳し、その正確な帳簿を税のために使用するように奨励、援助するようあらゆる努力と工夫を傾注しなければならない。同様に、税務官吏がそのような正確な帳簿によつて表明された報告を尊重するようにあらゆる努力と工夫を傾注しなければならない。」(同報告書第四編E節第二款a)「教育と道具の提示だけでは恐らく不十分であろう。このような道具を納税者が利用するように積極的に奨励する報酬を与えねばならない。一つの可能性は帳簿記録をつける納税者には特別な行政上の取扱を規定することである。かくして、このような特別取扱を希望する納税者は正確な帳簿記録をつける意図があることを税務署に登録する。これらの帳簿は税務署で認可された様式を用いてつけられる。それは先に述べた各種の発達した様式の中の一つであろう。このように帳簿記録をつけている納税者は他の納税者と区別されるように異つた色の申告書を提出することを認められる。税務署はこのような納税者がもしそのような帳簿記録をつけ、申告をこの特別用紙ですればその年の所得を実地調査しない限り、更正決定を行わないことを保証する。また、更正決定を行つたらその明確な理由を表示しなければならない。他方、このような帳簿記録をつけない納税者は更正決定前に調査することが保証されず、標準率によつて更正決定される。その上後者に属する納税者は国税局に控訴することは許されない。」(同C(3))と勧告している。

そこで昭和二五年に前記所得税法の改正によつて、納税者が一定の帳簿書類を備付け所定の事項を記録し、その結果によつて申告を行なう場合には、一般の納税者の用いる申告書と違う青色の申告書を使用させ、青色申告書を提出した者のその提出を認められている所得については、その帳簿書類の調査を行なわない限り原則として更正を行なわないことを保証するとともにその更正にあたつては、更正通知書に、理由を付記しなければならないとしたのである。

すなわち、更正の理由付記は青色申告者が負つている義務の代償として、とくに法律によつて与えられた租税優遇措置の一つであるとともに納税義務者の多くが記帳を行ない、これに基づき正しい申告と納税をするための誘引策であるともいえる。

したがつて、右のような義務が何等課せられていない白色申告者に対する更正については、その理由を付記する必要がないというのが、前記所得税法一五五条二項の趣旨であり、また、すでに確立された判例でもある(昭四三、九、一七最高裁判所四〇(行ツ)九一訟務月報一四巻六号七八頁、昭四四、三、二五大阪地方裁判所三九(行ウ)四〇訟務月報一五巻七号一〇二頁、昭四六、九、一四大阪地方裁判所四一(行ウ)三八税務訴訟資料六三号五二九頁)

以上のとおりであるから、原判決が、白色申告者である被控訴人に対する更正について、理由の付記ないし告知を要求し、右理由付記ないし告知のなされていない本件においては、本件異議申立の理由が、単に「いかなる調査の結果によるものであるのか何等の説明もなく、一方的になされた更正処分は承服できません」というのみで何ら具体的な不服事由を主張していないのにもかかわらず、異議決定において、右異議申立の事由に関係なく、独自に相当の理由を付記すべきである旨判示したのは、明らかに、所得税法一五五条二項、国税通則法七五条、行政不服審査法四八条、四一条一項の各解釈を誤つたものであり、原判決は速やかに破毀されなければならないものというべきである。

(被控訴人の陳述)

控訴人の右主張を争う。即ち、本件審理の対象ならびに争点は、本件異議審査手続上の違法の有無と、異議決定自体の違法の有無の二点であつて、およそ「白色申告に対する更正処分につき、理由を付記すべきかどうか」の問題は、本件とはかかわりのない問題であり、控訴人側が、「白色申告に対する更正処分につき理由を付記すべきか否か」に関する判例を引用するが如きは、まさに筋ちがいというべきである。

(証拠関係)〈省略〉

理由

一  当裁判所の判断は、次に付加したほかは、原審の本案に対する判断と同一であるから、原判決の理由の記載中第二項(原判決一〇枚目裏末行から一二枚目表五行目まで、の部分)を除いた部分をここに引用する。

(付加部分)

控訴人は当審において、右引用の原判決の理由によれば、白色申告に対する更正に対しても、その理由を付記しなければならないということに帰着するから、原判決の理由は誤まりであると主張する。

しかし、原判決は、控訴人も指摘するとおり、「異議決定にどの程度の理由を付記すべきかは、不服申立制度の趣旨から、異議申立の理由に応じて或いは詳細に、或いは簡単になせば足りる。」旨の控訴人の主張に対する判断として、「異議申立の基となる更正決定処分の通知のそれと相まつて理由が明らかとなるなどの場合には、まさしく控訴人主張のように認められるが、更正処分の理由が明らかでない本件においては、控訴人の前記主張は、認められない。」との趣旨を判示したのであつて、このことから、直ちに白色申告に対する更正に対しても、その理由を付記しなければならないなどとは、とうてい解せられない。

そもそも白色申告に対する更正にせよ、青色申告に対する更正にせよ、理由なくしてこれらの処分が許されるものでないことは、いうまでもないところである。ただ、その理由を更正通知書に記載する必要があるか否かの点について、所得税法一五五条二項は、明文をもつて、青色申告に対する更正の場合にはこれを必要とするとしたのであつて、従つて、その反面、白色申告に対する更正については、これを必要としないと解されるに他ならない。してみれば、白色申告に対する更正といえども、理由なくして行なわれることが許されないのはもとより、その理由が、更正通知書に記載されることを禁ずるものでないことも明らかである。原判決は、このことを当然の前提としたうえで、白色申告に対する更正通知書に更正の理由が記載されていた場合については、これに対する異議の決定の理由の記載も簡単になしうるとの趣旨を示したに他ならないのであつて、これを控訴人指摘のごとく、白色申告に対する更正についても、理由の付記を必要とするということに帰着するなどと解釈する余地は、全くない。よつて、控訴人の当審における右主張は採用することができない。

二  してみれば、被控訴人の請求は理由があり、これを認容した原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないのでこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民訴法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 室伏壮一郎 小木曽競 深田源次)

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